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永遠に旅

だいたい旅してる。いつかどこかにたどりつくために。

呼ばれたのかな?ラマナ・マハルシがティルバンナマライに引き寄せてくれた

先日、南インドはタミルナドゥー州、ティルバンナーマライに行ってきました。

 

もともと、オーロヴィルに行くのが目的で南インドへと発ったのですが、15時間の乗り継ぎ時間を過ごしている間に素敵な出会いがありました。

 

マレーシアのハブ空港

世界中に発着しているマレーシア、クアラルンプールのハブ空港

こちらの記事で書いているようにずーっと同じソファーに一日中座っていました。

 

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行きと帰りそれぞれ15時間、8時間ずつここで乗り継ぎ時間を過ごしていたのですが、

辺りには様々な国籍の人々が行き交っていました。

もちろん日本人らしき人もいる。でも遠くに見えるばかりだった。

 

目の前に来た日本人女性

トイレに行って戻ってくると、目の前のソファーにインド服を着たアジア女性がいた。

日本人っぽい顔をしてるな、とか、インド帰りなのかな、と思ったけど、寝ているようだったし、特に話したい気持ちもなかったので、気にせずガイドブックを眺めたり、PCいじったりしていた。

 

しばらくして音楽を聴いていると、「すみません」と、声が聞こえて、見ると、先ほどの女性。

おおー、日本人だった!しかも聞いたところ、チェンナイから帰ってきたところとのこと。

 

私が地球の歩き方のチェンナイのページを開いていたから、声をかけてくれたんだって。

 

もしも「南インド」しか見えなかったら、声かけなかったとのこと。

 

このタイミングで、チェンナイのページをひらいていて、沢山の世界中の人が往来している中で、私の目的地から帰ってきた人が目の前に座っているとは。

 

 

旅した場所でどこがよかったかなど、色々お話を聞いて見たところ、滞在期間は1週間。そしてチェンナイから入ってティルバンナマライにしか行かなかったらしい。

 

そして今回が初海外だったとのこと。初海外が一人旅でしかもインド南部という観光地でもない場所。小学生のお子さんがいらっしゃるのにすごい。呼ばれていたんでしょうね。

 

穏やかな、柔らかい口調で、ティルバンナーマライで感じたこと、どんなことをして過ごしたか、なぜここを訪れることになったのか・・・

などたくさんのお話をしてくれた。

 

ティルバンナーマライとの出会い

ティルバンナーマライは、知る人ぞ知る、ラマナ・マハルシの過ごした町。

もともと、彼女はラマナ・マハルシが好きだったとのこと。

ずっと、アシュラムに行きたかったけど、子供もいるし、海外行ったことないし、インドなんて危なそうだし…と、思いきれなかった。

 

それでも呼ばれるときはグッと強く引き寄せられるようで、渡航費用もあっという間にたまり、

読むのを途中で諦めていた本もスッと読むように思わせるような出来事があったとのこと。

 

 


不滅の意識―ラマナ・マハルシとの会話

 

『不滅の意識』なんてタイトルだけでもう・・・哲学好きの私は心鷲掴みにされます。

なんて単純。

 

どうやったら、穏やかに生きられるのか?

どうして私たちは生を受けたの?

 

生きていると苦しいことばかり。

どうやったら楽な気持ちで生きられるの。

 

ラマナ・マハルシはそのヒントを与えてくれる。

 

何も欲しなければ、全て得られる

なるべく多くを欲しないように、こう考えて生きているけど、先人たちの考えてきたことを知ると、いつも、さらに一歩前向きに世界を見られる気がする。

 

自分らしく、魂が欲する方に行動しようという勇気をもらえる。

 

あるがままに―ラマナ・マハルシの教え

 

 

ラマナ・マハルシの穏やかな表情

そんな不思議体験を一通り聞かせてもらって、一冊の本をもらった。

 

トランジットで日本人に話しかけられるなんてこと自体少ないのに、初めて会った人に本を頂けるなんて!

 

そして、このタイトル・・・。こういう果てしのない思考は、大好きです。

 

 

残りのトランジット時間はこの本を読んで過ごしました。

 

この表紙を見ていると、ラマナ・マハルシと目が合ってる感じがして、

まるで「おいで」と呼んでくれているように思ってくる。

 

ラマナ・マハルシアシュラム

チェンナイの空港からアシュラムまでは3時間ほど。

送迎も、頼めばしてくれるとのこと。(私はローカルバス乗り継ぎ以外方法が思いつかないくらい旅に染まってしまっている。)

 

まるで天国だと、KLの空港で聞いていたし、とても珍しい出会いだったので、私もきっと呼ばれているんだと思って訪れた。が、結局私は何も感じなかった。

 

必ずしも何か感じたりするとは思っていなかったけど、

出会う人も特にパンチが効いてる人だったわけでもなく、

連れのバングラ人とぐるっとアシュラムを回って、山上っただけ。

 

帰りにアシュラム付属の本屋さんで、頂いた本の英語版とか、別の著作を買っただけ。

 

連れがいると、自分の世界に浸ったり、周囲を神経張りつめて見渡したり、細かいことに気づく感覚が鈍くなる。新しい人に話しかけたりするのが難しい時もある。

 

私が、アシュラムで何も感じなかった理由は、それもあるかもしれない。

 

でも日本に帰ってから思った。

 

いつも思うことだけど、

偶然の出会いに期待してはだめだった。

もちろん、KL空港での出会いは偶然で、今までの旅で心に残ることの大半は、偶然の出会いから起こったこと。

 

ラマナ・マハルシの本を頂いて、彼と目が合っ(た気がし)て

「呼んでくれたのかな」と思った。こう思った私の中には、

「どんなことを私に感じさせてくれるの?」

という受動的な気持ちが少なからずあったんだと思う。

 

彼は、「ぜひ、来てみて。あなたにもここを知るきっかけを与えたよ。何かアシュラムで感じられるといいね、何かに気づけるといいね」

 

 

っと、このくらいの強さで私を呼んでくれたのだろうなと思った。

 

人生は自分で作るもの。

だから、呼ばれるがままに流されるだけなら、哲学もカルトの様になってしまう。

 

考える力はいつも最大限に高めて、新しいものを見なければならない。

考える力を奪って、呼び寄せて、何かを感じさせてもらう....のは違うよね。

 

 

彼は、私にただ気づくきっかけ、もっと考えるきっかけを与えてくれたのかな。

 

 

 

っと勝手に想像をいっぱいに膨らましているのでした。

 

そんな引き寄せられたと考えてしまう体験。

 

 

 

私のティルバンナマライのバイク日記も楽しかったから見てね!(笑)

 

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