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永遠に旅

だいたい旅してる。いつかどこかにたどりつくために。

施しを求めるのは政治の問題?文化?個人の努力不足?

施しを求められるのはいつまで経っても慣れるものではない。

そこに決まりはないし、他人に無償でお金を渡す行為は、私の文化の中にはない。

正直、知ったこっちゃないこと、とも思える。

 

 歩けば施しにあたる

最近行くのはインドばかりだけど、インドでは歩けば施しを求められる。

ローカルバスターミナルで窓際に座っていると、代わる代わる外からバスを叩いて施しを求めてくる。

 

最初は怖かったし、どうすればいいかわからず、「ぜったい渡すものか!」というくらいに思っていた。

 

施しをもとめる人達は営業スマイルの人もいるけど、怒ったように求めてくる人もいるし、弱った姿で同情を求めるような人も。

 

なんで渡さなきゃいけないの?

なんで私に求めるの?

 

とはずっと思っていた。

 

 

ローカルの施しに対する意見

「何かを感じた人にだけ渡す。そうでなくては自分が貧乏になってしまう。」らしい。

 

 実際、見ていて施しを渡すときは自然に前から用意していたかのように渡す。

 

でも渡さない時は完全無視。

それでも立ち去らない場合は「あっちいけ!!しっしっしっ!」と、犬を追い払うようなしぐさで、目も合わせず面倒くさそうにする。

 

この違いはなんだろうか。突然現れた赤の他人に、時には何かを感じるのだろうか。

 

渡すときは聖人のように見えるけど、

「あいつらは働くべき。金を稼ぐ道なんて山ほどあるのに、人に金を乞うことを生業にしている。怠惰だよな。」

 

 

とも思うらしい。

 

 

うーん、わからない。

 

本質的には常に、「働かない怠惰なやつ」と思っているけど、実際目の前にすると渡さずにはいられない気持ちになるのかな?

 

カーストと家系と施し

友人は無職(フリーランスと言えばフリーランス)、そして高カースト。いろいろ手を使っては稼ぎを得ようとはしている。

 

カースト制度はまだあって、ヴァラーモンはヴァラーモンであることを誇りとしている。

ことあるごとに「cause im high caste」という。

でも国際社会では意味をなさないし、国際水準での収入が多いわけでもない。

 

現在のカーストは、結婚相手を決めるときに関わってくるけど、生活の中ではどのカーストだろうが、職見つけるのが大変ということではないらしい。

 

それでも、生まれが最下層に生まれてしまったらその生活から抜け出すのは大きな努力が必要なんだろうね。

カーストが関係ない国であっても、自分の親の生活水準の中で生まれ育てば、それを当たり前と思って抜け出すことを真剣に考えない。

 

 

施しを渡したいなら、渡す前に自分に言え

 

と友人に言われた。

なにか決まりでもあるのかと思ってちょっとうろたえた。

間違えたことをしてしまっていたのかと思って恥ずかしい気もした。

 

 

が、

「実はさ....

 

 

 

 

小銭めっちゃ多くて財布パンパンだから。

 

 

小銭減らしたいだけだった。(笑)

 

日本には施しの文化がないので、当然お金を自分に乞うてくる状況はこわい。

 

いつ、誰に渡すべきか、わからない。

渡すとき、「これは自分のエゴじゃないか?見栄?他人のため?なんのための行為なんだろう?」

と、府に落ちることはない。

 

「自分に言え」と言われたときは、私のエゴとか見栄、先進国から休暇に訪れている立場の、この複雑な気持ちを見透かされているのかと思った。

 

 

外国人が、自国のモノ乞いに喜捨している姿を見るのはどんな気持ちなんだろうと思う。

 

 

他の国ではあまりにも日常であって、私たちが自販機でお茶を買うくらいの小さな行為。 

 

それについて、深い意見がそれぞれにあるのかもしてない。

でも、共に過ごしていて、政治や経済、教育など堅い話になっても、施しに対する決定的な意見や感情は聞けない。

 

政治が原因か?文化か?個人の努力の問題か?

 

 

それは、その国に住んで、日常的に喜捨の場面に出会い続けないないと、わからないのかも。

 

歴史が培った複合的な事象な気がするのであった...。 

 

 

 

初めて施しを求められたのは、パリ。

 

いきなり目の前に来て、手を返して親指と人差し指をこすり合わせて見せられた。

 

母と二人だったが、我々はよくわからず、

 

んー・・・??

と首をかしげるばかり。

 

相手は15歳くらいの女の子2人。アラブ系。

2人は「金だよ金!」と言うように、ポケットからいくらかコインを出して見せた。

 

 

 

 

 それでも

んーーーー??と首をかしげる私たち。

 

そして彼女たちは去っていった。

 

 

多分、こいつらは言ってもわからないと、諦められたんだろうね(笑)

母が後で急に気づいて教えてくれた。

 

 

最初の体験はこれだったけど、その後は海外に行くたびに、お金を求められる場面に出会うようになった。

 

施しの場目を見た初めての体験で言うなら、6歳の時に、イギリスに行ったとき。

父が住んでいたから、会いに行った。

 

 

突然道端で父が知らない人と握手をした。

 

なんだろう??と母にきいたら、お金を渡したということを教えてくれた。

 

その時私が何を思ったのかわからないけど、

6才の7日間の旅行のなかで鮮明に覚えている数少ない記憶のひとつ。