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永遠に旅

だいたい旅してる。いつかどこかにたどりつくために。

人生が止まってる感じ、流れている感じ、作っている感じ

生活に対する感情・感覚は色々あるけど、今は新しいものを感じている。

流れる休日と、せき止めらた平日

例えば、休日、気持ちのいい天気の日に洗濯をして、大きなシーツを干す。この作業はそれだけでもなんだか気持ちをウキウキさせてくれる。洗濯ものを干す作業くらい、ささっと、なんの感情もなくやってしまえるけど、休日のゆったり過ごす時間の中でのそんな時間は、いとおしくて、短縮すべき時間ではない。

 

会社勤めで仕事をしていた時は、時間が止まっている感じだった。仕事はそれなりに、対価を得るために一所懸命やっていたけど、その仕事は生きるためのものだった。

毎日仕事で疲れて、うっかり帰りにコンビニでお菓子買っちゃって、じわじわと体重が増えてしまったり、営業車を回して腕が日焼けしたり、足がパンパンにむくんでしまったり。そんな体の変化は全く日しいものではなくて、お金の代償に受けているようだった。

お金、自分のキャリアといった価値は私にとってそれほど大きなものではなかったらしい。それよりも毎日を丁寧に生きて、その日の天気、風の温かさ、太陽が傾いてきたときの光の色を感じていたいのだと思う。

だからと言って、そんな日々の積み重ねは甘えともいわれ、逆に物足りなさも感じることもあることも知っている。 

学生の頃はレールの上を生きる道しかまだ知らなくて、自分で選んでいるはずなのに、時間を与えられたものと感じて、その時間を有効活用することが大切だった。「もう秋になっちゃったよ~」とか「もう11月も終わりだ~早い・・」とかいう会話は良くしていたし、成長の上り坂が終わって下り坂にさしかかって、今までの振り切れる程の肌や体調の回復力を感じなくなったりもした。

その変化は時間を甘んじて受け入れている感じ。今後捉え方がどう変化していくのかはわからないけど、今と比べれば、時間の流れを大局的に捉えていなかったように感じる。

流れる毎日

今の仕事は家でやってて、決まった時間に出勤して、アポイントやミーティングの時間をチェックして外出したりするものではない。好きな場所で好きなことして好きな人達と時々おしゃべりして、ちょうどいい時間にご飯を作る。

風が部屋に吹き込んでくるのが心地よい。水回りの掃除をして手が少し乾燥してしまうのも、しわが増えて、シミができてしまうのも、生きてる時間を刻んでいるようで、嫌ではない。

それは、自分が時間に動かされているとか、時の流れに対して自分がぎこちなく動いているとかいう感覚ではなくて、時とともに動いている感覚。

 

時間を大切にしていて、その分ひびの生活へのいとおしさと、切なさを感じる。