永遠に旅

だいたい旅してる。いつかどこかにたどりつくために。

のほほん、お気楽、ロハス女になりたい

大学生の頃は沢山(?)勉強して沢山(?)新しいことを講義で知って、なりたい人、就きたい職業はいっぱいあった。

20歳で一人海外旅してみた時は、その時はそんなつもりなかったけどめちゃめちゃ緊張して、海外のこと全然わからなくて、そこから少しづつ知っていった時はすべてが鮮やかで、小さな小さな現地では日常のこともなんだか心にグッと入ってきて、色々考えてしまったりしてた。

現地の人との些細な会話にも心臓がギュッと掴まれるように、体の先から先まできゅ~っと一気に何かに締め付けられるかのように、苦しいほどに…わくわくする。

なんか恋に近い気持ちだね。

 

なんて言ったらいいかわかんないけど。

 

 

世界でいい扱いを受けられていない少数民族など、貧しい人達の中にはお金がなくて、途方に暮れている人も多いのだろうとか思ったり、実際お金あっても世界を知らない日本人女捕まえて不幸話する外国人もいた。

 

私はそれを救いたいと思った。今私はなんも持ってないけど、頑張って世界平等にするぞー、とかなんか意気込んでいた。

 

若いから、まだまだなんでもできると思って、「世界を変える」って言葉は私のような凡人からでも発せられていいものだと思ってった(笑)

 

しかし私にはどうあがいてもその適正はなく、なぜ、貧困層に惹かれたかというと、私もその生活をしたいと思ったから、、、、なのだろうと気づいた。

世界各国の都会の道端で寝てる人たちは大変そうだけど、山の方の人とか、世界のことあまり知らないし、自給自足的な生活しててのほほんとしてて、素敵だった。

 

つまりその貧困と呼ばれるような原始人的な生活にあこがれていた。

 

なんだか貧しそうな汚い服にビーサン履いて、日に焼けた人を見ると「アラー…」みたいな、「なんだかかわいそう」「貧しそう」「きっと貧しい」とか思っていたけど、自分がその中に入ってみると、案外そう悲観的にみるのはめちゃめちゃ安易なもので、むしろあこがれてしまうくらい自然に寄り沿った原始人的な心地よい生活をしている。

 

キノコ採りに山に登って、ちょっと疲れるけど、ご飯作って食べて寝るのは早い。

とはいえ、私も一面しか見ていないからずーっと暮らしたらどんな生活になるのかはわからない。

 

ほんの少し前までは、就活とかしてて、色々なサービスやってる会社があって、大義名分を持てる意味のある仕事をしたいと思っていた。頑張るぞー!持ち前のなんちゃらすっちゃかちゃーで尽力します!って感じだった。

でも、今はやっぱお気楽のほほんロハスになりたい。

 

企業に入ってみて、紙ごみいっぱい出るの嫌だったし、売り上げのためにない需要を無理やり作り出して、電力使ってパソコン開いて、楽しくもなかったから、ほんとに何無駄なことしてんだって感じだった。

貧困なんて基準値を作れば世界中に溢れている。

ていうか自分が幸せというバロメーター上の貧困層にもなりえる。基準値は人の手によって作られているから。

 

私の性格で、世界のために「がつがつ働く」とかは現実的にむりだった。世界のためにとか思うけど、みんな笑顔でのほほんとした世界になってほしいとだけ思う。

そして、がつがつして無駄に電力使って、電力のために自然を危険にさらして、しぜんを壊していくのはいやだ。

人間だって動物だから、動物らしく自然と寄り添うのが、いいと思う。